英国体験記

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第9回
メトロポリタンポリス(ロンドン市警察)から、今回の件の裁判への証人としての出廷要請だっ た。日本でも裁判なんて経験したことないのに、イギリスでなんて。
まともに受け答えできないだろう。

正直興味もあったが、我々には荷が重いし、またあのジョニーに会わなければいけない恐怖を考えると、断った方がいいだろうと判断した。

翌日会社の英人に相談すると、
「もちろん断る権利はあるはずだから。」
と警察署に断りの電話を入れてくれた。

しかし警察としては被害者である我々が出廷しないと話にならず、 どうしてもと引き下がってきた。
結局日本人通訳をつけるということで、出廷することにした。

その日の朝は緊張のため早く目が覚めた。
ゆっくりと支度をして裁判所へと向かった。 途中でジョニーやその仲間に出くわさないように絶えず周囲を警戒しながら歩いた。

裁判所は地味な灰色の建物で、日本の区役所みたいな外観だった。
入り口で荷物チェックを受け、金属探知機をくぐりエレベータで2階のコートルーム(法廷) に向かった。

掲示板で出廷する裁判の場所と時間を確認すると、待合室でしばらく待った。
周りにはスーツを着込んだ人々や警察官、派手な服装の女性やジャージ姿の若者など、様々な立場の人間がいた。裁く人、裁かれる人、今日で運命が決まる人など、似ていながらも、区役所の待合室とは全く別の重々しい雰囲気である。

開始10分前位だろうか、エレベータがこの階に止まり、数人降りた。
その中に、見間違うはずもないあの顔があった。ジョニーだ。
身体が熱くなる。あの日が蘇る。
彼はこちらを見ると、じっと見据えた。
そしてこちらに身体を向けて近くの椅子に腰掛けた。我々との距離はわずか5m程だった。
我々は平静を装い、なるべくそちらを見ないようにじっと待った。
しばらくすると、階上から数人の警察官が降りてきた。 その中に事件当日来てくれた警察官のデイブとグロリアを見つけた。
かつてこれほど人を頼もしいと感じたことがあっただろうか?
ジョニー登場で精神的極限に達していた我々にとって一気に救われた気持ちになった。
嬉々として彼らに駆け寄り握手をした。生涯で3度あるかないかのものすごい笑顔で。

さらにマークが到着して、気持ちは最高潮になり、余裕の表情でジョニーのほうを見ると、 すでに彼はそこには居なかった。
そして裁判開始のコールがあった。


第10
この件に関する人々が集まってきた頃から一抹の不安があったが、それがはっきりしてきた。
通訳の姿が見当たらないのだ。
一番来て欲しい人なのに。

デイブとグロリアに通訳が来ていないと告げると、
「証人への質問は私がするし、あなたは調書の内容だけ答えればいいから。」
と笑顔で答えた。
本当にそんなに簡単な話なのだろうか。でも通訳が来ていない以上やるしかない。

不安に駆られながらも法廷に入った。法廷は二重扉になっていて、 扉と扉の間には2畳程の余裕があり、コートにも待合室にも声が漏れないためここで、例えば 弁護士と被告などが裁判中に密談できるようになっている。
コートルームはちょうど大学の中規模の講義室のような感じだった。
正面の壇上にに裁判官の席、向かって左側に証人席、そして壇に対面して5人ほどが座れるであろう長テーブルと椅子が5列ほど。証人控えの席は両脇に5席づつあった。
最後に被告人席。被告人席のすぐ後ろが傍聴席だった。

検事は2名ですでに着席しており、我々が証人控え席に座ろうとしていると、被告のジョニーが弁護士とともに入ってきた。 全ての関係者が揃うと、廷吏は裁判官を呼びに言った。
裁判官が入場し、着席するまで我々は起立して待った。
裁判官は、初老の女性2名、男性1名の計3名だった。着席を許されると、廷吏が公判の開始を宣言した。

とうとう始まってしまった。通訳もなく、何も理解できないまま証言台に立たなければいけないのだろうか。
かえってこちらに不利になるのでは?しかしとにかく成り行きに従うしかない。
などと考えているうちにジョニーの弁護士が発言を求めた。コックニー訛りで背もそれほど高くなく、 腹も出ていて、ここで弁護士といわれなければパブで飲んだくれている親父にしか見えない。
ジョニーはこんな弁護士しか雇えなかったのか、国選かもしれない。

弁護士は裁判官、検事、廷吏となにか会話を交わし着席した。すると廷吏は我々に、法廷を出るように言った。 入廷して3分も経っていなく、訳もわからなかったがとりあえず証言はまだしなくても良さそうなのでほっとして外に出た。外に出ると日本人の女性が待っていた。待ちに待った通訳様だ。
我々は興奮気味に駆け寄り、自己紹介をして事件を簡単に説明した。日本語で話せるとは、なんてすばらしいことだろう。かなり心に余裕ができた。

通訳の方と雑談をしていると、法廷に残っていた警官のデイブが出てきた。なぜかかなり深刻そうな顔をしていた。
我々は彼に促されるまま、近くにあった小さいミーティングルームに入った。
ここで、なぜ我々が一度法廷を出なければならなかったか通訳を通して明らかにされた。

ミーティングルームは4畳ほどの広さにテーブル一つと椅子が4脚ほど置いてある、小さな面会室みたいな感じだった。
ここでデイブは真剣な顔をしながら話し始めた。
「せっかく集まってもらいましたが、今日はこれで解散になります。理由は…」
もう終わりか!あれだけ緊張したのはなんだったんだろう。しかしなぜ。
「理由は、ジョニーの弁護士が書類の不備を理由に裁判の延期を主張したためです。次回の日程は後日連絡します。」
あまりにもあっけない第一回目の公判だった。しかし裁判所の感じなのどがつかめ、次回はより落ち着いて対応できるような自信を得た。



第11回
第二回公判はちょうど1ヵ月後だった。
前回と違って午後から始まった。今回も証人として我々とマーク、警官のデイブとグロリアだけだった。
通訳は前回とは違う、きょうこさんという方だった。
裁判が開始しても我々は呼ばれず、検事とデイブ、ジョニーと弁護士のみ法廷に入っていった。
我々は前に使用したミーティングルームで雑談した。
30分ほど待っただろうか、デイブがミーティングルームに入ってきた。またしても厳しい表情だ。

「再度ジョニー側は書類の不備を主張しました。こちらは何度も送っているのに、届いていないということです。なのでまた延期になりました。」
どうやら時間稼ぎをしているようだ。
「また、こちらの証言と向うの主張にかなり食い違いがある。当日起きたことについて、もう一度調書を取ります。」 と我々に言った。その夜の7時にデイブの所属する警察署に行くことになった。通訳の方も同行してくれるとのことだった。

7時5分ほど前に警察署につくと、受付に名前とアポイント時間をつげた。
警察署は建物の割りに受付は狭く、ちょうど持ち帰り専門のピザ屋か中華のカウンターみたいな感じだった。ここでも待っている間に、連行されてきた人、ジャージ姿の親子などいろいろ人々が出入りしていた。
まもなく通訳のきょうこさんとデイブが現れた。
我々はデイブに連れられ取調室!に入った。まさしく取調室で、ドアは二重、4畳ほどの広さに机を挟んで椅子が2脚。かつ丼が出てきそうな雰囲気だった。デイブは我々のためにコーヒーなどを用意してくれた。

早速調書に取り掛かった。我々はあのフラットを借りる前から話し始めた。
日系エージェントに紹介してもらったこと、月々いくらで借りていたか、支払い方はどうだったか、他に誰か住んでいたか、事件当日ジョニーの様子はどうだったかなど、実に4時間に渡って詳細を説明した。
通訳のきょうこさんはひたすら両方の言葉を訳し、さらに調書に日本語で書きとめていたので、さぞかし大変な仕事だっただろう。単純に我々の2倍はしゃべっていることになる。しかも驚いたことに、15ページにものぼる調書を翌日の昼くらいまでに英訳して提出しなければいけないとのことだった。

一通り調書を取り終わると、デイブは車で送るといった。警察で車といったらアレである。我々は二つ返事でお願いした。ロンドンでパトカーに乗る機会なんて滅多にない。カメラを持っていなかったのを強烈に悔やみながら、でも持っていても撮影は不謹慎だろうなどと考えつつ、夜のロンドンをパトカーで満喫した。車内はいろいろな機器にあふれ、後部座席に至っては、中からドアを開く取っ手やロックなどは一切なかった。
年甲斐もなく興奮した我々は、傍から見たら迷子になって警察に迷惑をかけている日本人カップルに見えたかもしれない。

こうして第二回公判は終了したが、最初は単純に思えたこの事件もなにかよからぬ方向に行っているのではという不安が芽生えた。調査員のマーク、事件当日のグロリアに対して全く同じ説明をしたのにも関わらず、今回4時間にも渡る事情聴取になったからだ。ジョニーの主張とかなり食い違うというのも嫌な感じだ。現場には我々とジョニーしか居なく、証人はいない。信じられた方の勝ちなので、ある程度でっち上げているだろうというのは予測できるが、あれだけ状況証拠があるので言い逃れはできないだろうと考え、その日は帰宅後すぐに床についた。


第12回
第三回公判もその1ヶ月後に来た。
この日は第一回と同様朝からだったので我々は裁判所近くのマクドナルドで朝食を取る事にした。
マクドナルドに向かっている途中に鋭い視線を感じた。ジョニーだ。前方から歩いてくる。
彼はこちらを指差しながら薄笑いを浮べ、隣にいる弁護士と話しながら向かってくる。
奴のあの余裕の表情はなんなのだろう。何を根拠に薄ら笑いを浮べて。強がりだろうか。
そんなことで動揺するのは止めよう、と思いながらもマクドナルドの味を感じる余裕は全くなかった。

裁判所につくと、こちら側に新たに証人として、カウンシル(区)職員のジェームス、例の部屋を紹介したエージェントのキャリーが来ていた。これだけ集まればジョニーの悪事も証明されるだろう。もちろんマークも通訳のきょうこさんもいた。
また今日から新しい検事になった。通常は高等裁判所でまさしくカツラやマントを纏って闘っている、やり手ということだった。そのわりにはこの件に関しては朝ちょっと資料を見ただけだと言いい、我々を不安な気持ちにさせた。今ひとつやる気を感じさせない。

少し離れたところに笑顔でこちらを見つめる若者がいた。
全く身に覚えがないし、今日こそは証言ということで緊張し笑顔を返す余裕はなかった。そのとなりでもう1人こちらを見ている若者がいた。

彼らもなにかの裁判で呼ばれたのだろうか。 我々は全て待合室で待機しており、雑談をしていた。
しばらくして最初の証言のために廷吏が証人を呼びに来た。呼ばれた名前は自分だった。とうとう来たか。
「簡単だよ。」「すぐ終わるって。」などと励ましを受け、廷吏に連れられて通訳のきょうこさんと一緒に入廷した。小学生のとき、インフルエンザの注射のために保健室に入っていくような感じだろうか。または絶対に落ちるわけにはいかない就職試験の面接室に入るような感じだ。

法廷のドアが開かれ、皆の目が見守る中、証言台まで導かれた。
証言台は1m四方の広さで腰までの木板で囲まれたボックス席だった。
法廷を見回すと、前回と同じ判事3名、検事、ジョニー、ジョニーの弁護士がそれぞれの場所に座っていた。

「宗教は?」といきなり聴かれた。「は?」と廷吏の方を見ると数枚の紙を手にしていた。
通訳のきょうこさんは、「特になければ仏教でいいんじゃないかしら。」と言っていたので無難に仏教を選んだ。
そして、裁判ものの映画などに良く出てくる、"宣誓"である。それぞれの紙にはそれぞれの宗教に則した宣誓文が書いてあり、それを読み上げた。内容は、これから話すことは、全て真実であり、もしくは現時点で記憶の限り真実と信じるものであることを仏にかけて誓いますといった内容だった。声は震え、英語の発音もめちゃくちゃであったであろうが、厳かな気持ちになった。

宣誓が終わると、もう待ちきれないといった様子でジョニーの弁護士が立ち上がった。
そして証人喚問がはじまった。


第13回
「まずは、名前と年齢を答えて下さい。」
改めてこの弁護士を見ると、最初の印象とは全く違っていた。
相変わらず腹が出ていて、下町訛りだが、眼光が異常に鋭い。
こちらを見据えながら厳しい口調で質問を繰り出した。

「kjk、**歳です。」
もちろん全ての会話はストレスなくきょうこさんが訳してくれる。
とにかく落ち着いて、質問を注意深く聞き、確実に答えていけばいい。

「あのフラットに入居したのはいつですか?」
入居してからすでに半年は経っている。たしか3月か4月の終わりだったはずだがはっきりと思い出せない。
前回の調書のときにも言ったはずなのに思い出せない。たぶん4月だろう。
「4月の下旬です。」

弁護士はニヤリと笑った。
「4月の下旬ですか!ここにあなたの調書があります。ここにはなんと、3月の28日に入居したことになってますが、これは誤りですか?」
いきなりやってしまった。弁護士は得意げに、裁判官に、こいつの言うことはあまり信頼できないということをアピールするように言った。さらに彼は、
「どちらが正しいのですか?一月も違うなんて、あなたの記憶はあやふやですか。」
と、追い討ちをかけるように言った。何も言えなかった。
すると裁判官の1人は、
「いつ入居したかはこの裁判とはあまり関係がないから先に進めてください。」
と言ってくれた。この言葉に救われたが、自分の証言が今後信憑性を持てるかどうか不安になった。

ここからは調書の内容、どのようにしてフラットを借りて、どのように支払いし、どういう経緯でジョニーが事件当日入ってきたかについて質問がなされた。ここに来るまでに何度となく話してきた内容、ジョニーが又貸しをしていて、ある日調査員が来て、もうジョニーとは連絡をとるな、家に入れるなとの警告を聞いてそのとおりにしたら逆上したジョニーがガラスを割って入ってきたことを質問に添って答えた。

驚いたことに、弁護士はこの間、特に突っ込みも、反論もせずに質問の答えを静かに聞いていた。感情のないその表情からは何も読み取れなかったが、時折ジョニーの方を向いてニヤニヤしていた。特にジョニーに対して不利になる内容のときほどその傾向が見られた。
ジョニーはこの証言の間中、こちらがしゃべることは全て初耳だと言わんばかりに目を見開いて大袈裟に驚く演技をしていた。大した演技力だ。

「するとあなたはエージェントを通してジョニーからフラットを、シェア(大家と同居)ではなく占有として借りたと言うことですか?」
「そうです。」
「それは非常におかしいですね。あなたはこれに見覚えがあると思いますが、これに対してはどういう説明をしますか?」
と言って弁護士は1枚の紙を掲げた。


第14回
その紙の一番上には"賃貸契約書"とかかれていた。
全く見覚えがなかった。こちらが証拠として提出した賃貸契約書は数ページに渡るもので、しかもエージェントが作成したもので全くの別物だ。

「これに関してはどう説明しますか。これはあなたのサインですね。」
こちらが怪訝そうな顔をしているにも関わらず、弁護士はまるでこちらの悪事を暴いているような得意さで言った。
「よく見せてください。」
と言って、その紙を良く見てみると、確かに自分のサインだった。このサインは確かに自分が書いたものであるが、それが書かれている紙にも文章にも全く見覚えがない。その文章は、フラットシェアに関する契約を謳ったものだった。
自分のサインの下にジョニーのサインもあるが、いつものジョニーのサインと違っている。

たたみかけるように弁護士は言った。
「あなたが提出した賃貸の契約書には、サインの欄にMr.ジョニーとかかれていますよね。しかし彼はMr.ジョニーではなくMr.エクイラです。このMr.ジョニーと言うのはいったい誰なんですか?」
もうなんと言っていいのかわからなかった。これは最初から仕組まれていたことだったのだ。こういう事態に備えて偽のサインをしていたのだ。
「この書類は全く見覚えがありません。」
「しかし、これはあなたのサインですよね?自分がサインしたことも忘れたんですか?」
「このサインは私のものですが、この紙にサインした覚えはありません。」
「それはおかしいですね。覚えていないんですか?」
よく見てみると、その契約書はコピーだった。通常、契約書は全く同じ内容のものが2部作られ、それぞれにサインしてお互いにキープする。そこで反論してみた。
「これはコピーですよね。原本は何処にあるんですか?」
「依頼人はあなたが持っていると言っていますが。」
「通常契約書は2通作るものですよね。そちらでもキープしているはずではないですか?」
すると弁護士はジョニーと小声でなにやら話し合い、
「契約書はこちらにもあると思います。次回持ってきます。」
と言った。

この時点で、時計は1時を廻り、ランチタイムとなった。
何処で昼食をとってもいいが、他の証人と接触することは一切許されなかったので1人で取る事になった。

午後もジョニーの弁護士側の質問から始まった。
「それでは質問の続きですが、事件当日、ジョニーは朝から3度もあなたに電話をかけていますが、なぜ出なかったのですか。」
と言って電話を証明するBT(ブリティッシュテレコム)の通信記録を裁判官に手渡した。
当時、調査員のマークが来てからは、家の電話は全て留守電にして着信音をかなり低くしていた。なので全く気づかなかったのだ。
「気づきませんでした。」
「電話の音が気が付かない?そんなに広い家でしたか?」
「日曜日の朝だし、寝室の方に居ると聞こえない場合があります。」
「そんなはずはないでしょう。意図的に無視したのではないのですか。」
「確かに聞こえませんでした。」
弁護士は一呼吸起き、こちらをじっと見据えると、
「kJkさん、真実はこういうことではなかったですか?」
といって話し始めた。

信じられない内容だった。


第15回
「あなたはイギリスに来てすぐ、部屋を探していた。ちょうどジョニーが同居人を探していて、あなたは彼に連絡した。奥さんと2人で住みたいがロンドンは家賃が高いのでとりあえずあなたはジョニーと一緒に住んで、奥さんの方は友達の家に滞在することになった。二人で住むためにお金を貯めていると言っていたそうですね?」
唖然としてしまった。
全くの嘘八百である。いくらなんでも、ロンドンだとしても月£700(約14万円)も出して1人で他人と同居する者は居ないだろう。せいぜい£300(約6万円)位、高くても£400(約8万円)位だ。しかもジョニーはその家の家賃として、区にわずか£200(約4万円)しか払っていない。こちらが払う家賃の差額の£500(約10万円)は全てジョニーの懐に入ることになる。この辺は後で検事が指摘してくれるのだろうか。

「そしてジョニーや友達たちとよくFAカップ(サッカーの大会)などを見ていたそうですね。あなたのよく知っている青年が証言するために来てますよ。外で待っていたでしょう、ブリティッシュガスの制服を着ている彼です。」

誰だそれは。先ほど外でこちらに笑顔を投げかけてた奴か。今日初めて見る奴が自分と一緒にサッカー観戦?
「そしてなぜあの事件が起こったか、真相を話しましょう。」

彼はまるで映画で最後の謎を解く探偵のような芝居がかった仕草で話し続けた。

「ジョニーはあの事件が起こる1週間ほど前から実家に戻らなければいけなかった。なぜだかご存知ですね。入院している父親の看病をするためにです。それに対するあなたの行動はひどいと思いませんか。」

頭が混乱してきた。何を言っているのか判らない。

「あなたはジョニーが去った後、すぐに奥さんを呼んでジョニーの荷物を全て処分し、鍵を替え、偽の書類を揃えて区に通報した。あの家を占有するために。そうですね。」

弁護士の顔は得意満面だった。何もいえないだろう、とその顔は言っていた。

「ジョニーはあなたと突然連絡が取れなくなり、とりあえず戻ることにしました。それがあの日です。家に着くと誰も応えない。そしてジョニーは持病の喘息の発作に見舞われました。とりあえず家に入り発作を抑える薬を得ようと、鍵を鍵穴に差し込んでも、開かなかった。彼は生命の危険にさらされ、パニックになり、庭から窓を破って入った。そうしたらあなたたちが隠れていた…。」

ドラマティックで、そして被害者であった我々はいつのまにか悪者になっていた。ジョニーが看病のために実家に帰ったのも、喘息もちで家に喘息の薬があったのも全て嘘である。完全に嘘である。嘘以外の何ものでもない。しかし3人の裁判官を混乱させるのには充分すぎるほどのストーリだったらしい。

「そのような話は全く知りません。」

そういうのが精一杯だった。心なしか裁判官は懐疑的な目を向けているような気がした。
弁護士は悪を憎むような目つきでこちらを見据え、

「あなたは嘘つきだ。」

と言い放った。

「いいえ。嘘はついていません。」
「いや、あなたは嘘つきだ。」
「いいえ!嘘はついていない。」
「あなたは嘘をついている。」
「嘘をついているのはそっちだ。」

弁護士は裁判官の方を向き、

「これで質問を終わります。」

と言った。気が付いたら6時間が経過していた。心の底から疲労を感じ、頭が真白になった。



第16回
ショックから立ち直れないまま証言台に立ち尽くしていると、裁判官から退廷を申し渡された。

「ご協力感謝します。退廷されて結構ですが、他の証人と本件に関しては一切話さないでください。また、あなたは傍聴席にて傍聴することができます。」

私は一度退廷し、そのまま厚いガラス板で仕切られている傍聴席に移った。まもなくパートナーが入廷してきた。緊張で顔が強張っている。
落ち着かない様子で証人台に入ると通訳のきょうこさんが笑顔で迎えてくれ、若干緊張が和らいだようだ。本当にこの人には、どんなに感謝してもし足りない気持ちだ。

私のときと同じように宣誓をし、早速弁護士の尋問が始まった。
まず名前と年齢、入居日を聞かれ、やはり入居日は正確には答えられなかったが、特に突っ込んでくることはなかった。
また、結婚してどのくらい経っているかを聞かれていた。

事件に関しては、私の時のように入居に至る経過や事件までの経過等は聞かれず、いきなり当日の話になった。
「事件当日のことを詳しく話していただけますか。」
「ちょうど朝食を摂っているときでした。いきなりジョニーはなんの前触れも無く鍵を開けて入ってこようとしました。その音を聞いて恐ろしくなり、調査員のマークに電話しました。彼は、これから行くから、とにかくジョニーには平然と対応しろと言いました。しかし私たちはジョニーがかなり怒っていて、このままドアを開けて平然と接することはできないと言いました。するとマークは、これから電話するからジョニーの電話番号を教えてくれと言いました。私たちは電話番号を教えて電話を切りました。」

ここで一呼吸。当時の恐ろしさが蘇っているようだ。

「ドアの外にいるジョニーがマークの電話を取る声が聞こえました。ジョニーとしては突然の意味不明な電話に困惑し、『誰だおまえは!』と言う声が聞こえました。そのうち事態を飲み込んだらしく、『俺は今その日本人カップルと一緒にいるんだ。一緒に家の中にいて電話している。』と言いました。その後叩き壊すような勢いでドアを叩きはじめました。ここで彼は私たちが家の中にいると確信したと思います。とにかくなんとしてでも家の中に入らないとフラットを失うということが判ったんでしょう。」


だんだん言葉が詰まってくるような感じだ。

「そして突然マークから電話が入りました。彼は、ジョニーは家の中にいるのか?君たちと一緒にいるのかと聞いてきました。私たちはそんなことは一切無い、ジョニーは外でドアを叩いているといいました。そして再度ジョニーが電話を取る声、そして階段を駆け上がる音が聞こえました。突然庭で何か物が落ちる音が聞こえ、窓ガラスが強く叩かれました。そして窓ガラスが割られました。ジョニーはものすごい形相で、『何をやっているんだ!なにが起こったんだ!』とわめき散らしました。私が『騙しただろう』と言うと、突然庭にあったシャベルを持ち出して窓ガラスの周辺を割り入ってこようとしました。私たちは夢中でドアから逃げ出しました。」

ここで感極まり泣き出した。

「本当に、本当に恐かった。」

裁判官は心配そうな顔を向け、弁護士とジョニーは居心地が悪そうに下を向いていた。
裁判官の同情的な様子から、かなりこちらに有利な展開になりそうな気配がしていた。 さすがの弁護士もこれ以上の尋問は不利になるとみて、尋問を次回に延期したいと申し出た。
時間もすでに裁判所が閉まる時刻から2時間も延長していたのですぐに閉廷になった。

その後、我々は一度ミーティングルームに集まった。検事がパートナーに、あの証言はすばらしかったといった。
あそこで泣いたのはかなり裁判官にアピールしただろうと。
私が証言していたときは、なるべく動揺しないように、緊張を見透かされないように努めて平静を保っていたが、思えばここはイギリス、感情を剥き出しにしないと信じてもらえない。それだけにジョニーは身体を張って演技をしていたわけだ。
パートナーの証言が私の後でよかったと思った。


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